偏愛断簡集

徒然なるままに綴る。

魔術と宗教、そして人々

魔術の人類史
スーザン・グリーンウッド 超
田内志文 訳
東洋書林


私はオカルトが好きだ。心霊やら呪術の類いに心惹かれる。科学では説明のできない、人間の知性では追えないような領域を見るのが好きである。
そんな中で手に取ったのがスーザン・グリーンウッド著の「魔術の人類史」である。私がオカルト的なものに興味を惹かれるのは、「人々がなにを恐れ求めてきたのか」という片鱗が窺えるからだ。魔術とはなにか?呪術とはなにか?そして人の世とあちらの世を繋ぐシャーマンとはいかなる存在だったのか?
私の関心はこの辺りにあるので、2章以降で言及される魔女や魔女狩りの類については触れない。

1.魔術
本書において「魔術」とは、「宇宙を創り上げているものが持つ裡なる性質」を指す。森羅万象における霊的な部分を指す語である。ちなみにオカルトはラテン語の原義では「隠されたもの」という意味である。
だが「魔術」という言葉は、しばしば正統派の宗教において異端視したり禁じたものを指す侮蔑語として用いられているのが現状であり、ネガティヴな意味合いで受け取られがちである。

さて、こうした「魔術」がまだ身近であった時代…精霊などが日々の暮らしの一部として認識されそうした存在であった頃、魔術に代表されるような様々な儀式は集団と秩序をもたらし世界の中で繋がっていた。現代でもこうした日常世界と霊的次元が共存している例は見られる。だが一方でこうした霊的次元や精霊と繋がっていることは不安を生み出すことでもある。そうした社会の中にあって「精霊を操る技」は常に憶測や関心を生み出し、病や死、不幸などの問題とウィッチクラフトとが結びつけられてしまうことにもなる。
魔術の専従者は、日常世界と霊界、既知と未知との境界を探索し変容し、また移動させる。このような人々はシャーマン、妖術師、魔術師、魔女、呪医、呪い師などと呼ばれる。

またアニミズム的な世界観も魔術の一部である。アニミズムとは「存在するすべてのものは命である」との意識を持つ信仰である。19世紀の人類学者エドワード・タイラーはアニミズムを「霊的存在への信仰」と定義し、宗教の起源をここに求めた。「原始の人々は魂という概念の由来を夢見に求め、そこから宗教という発想が生まれた」。彼はこのように考えたのである。つまり、人の死後に魂が霊的存在へと変容していくことが、祖霊や精霊への信仰へと繋がっていったのではないだろうか。だがタイラーは「アニミズム多神教一神教よりも下位の宗教形態である」とも捉えていた。アニミズムから多神教、そして一神教への発展を自然の成り行きと考え、キリスト教をより高位の啓示宗教と定義したのである。


2.シャーマン
宗教史家のミルチア・エリアーデはシャーマンを「法悦的なトランス状態で旅する男女」と定義した。シャーマンとは、トランス状態や意識変容状態に入ることによって精霊と交信する専門技術を持つ者を指す。そして、かれらは人間界と霊界との調和を確実にすることを仕事としている。


3.魔術と宗教
現在過去を問わず多くの文化にはシヤーマニズム的な結びつきを持つ魔術的伝統がある。それは世界の主要な宗教の成立と共に絶えた民間伝承と同じように過去の遺物となっている場合もあれば、シベリアやインド、アフリカなどで見られる小規模社会においてその名残が認められる場合もある。またアメリカ先住民やオーストラリア先住民のように、ヨーロッパからの移民によって土地を奪われ迫害をされてきた先住民にとってはこうした「魔術」は不可欠なものであった。彼らにとって、宗教と魔術は明確に区別できるものではない。こうした背景から、魔術はヨーロッパ人たちの間では「未開の人々」のものとして結びつけられていく。
魔術と宗教は霊的次元と超自然的な力を崇拝する点においては似通っている。だが秘められた力の統御や行使において異なる。魔術は力の統御や行使を可能にするべく占術や呪文、アミュレットが作られる。

「魔術」の語源はギリシア語のmageiaである。これはmagoiの派生語でもあり、意味としては占星術や占術を研究するペルシアの神官階級を指す言葉であった。ヘレニズム期になると新語であるmageueinとmagikosがネガティヴな意味合いを帯びることになる。このような否認はローマ人によって確立された。役人や知識人たちが医術、占星術、宗教が混在する魔術の特質をあげつらったのである。
著者のグリーンウッドはこうした魔術の転落について以下のようにも書く。

「人間社会の黎明期においては、シャーマンこそが日常世界と霊的次元との媒介となる特別な役割を果たしており、同じコミュニティに属する他の人々は、そのプロセスに関わっているだけに過ぎなかった。だが、社会の規模が拡大し複雑になっていくにつれて、宗教の専従者が次第にシャーマンの役割を引き受けていくようになる。宗教家の領分はいっそう強固になり、やがて聖書やクルアーンといった宗教文書の解釈の支配が度を深めていった。こうして、自発的にトランス状態に入ったり、精霊の憑依を受けたりすることは異端行為と見なされるようになり、周辺的な異教へと貶められることになった」

多くの魔術や宗教は儀式に依存してきた。異界の存在や超自然的な力と交信するために中間地点となる空間を創出する必要があった。それを創出するための行為が儀式である。こうした儀式に人々は社会的結束や一体感を維持してきた。また共通の価値観や所属を定め、逸脱者の選り分けも行なっていた。宗教と魔術とのちがいとは、異質な霊的実践を認めるか否認するかによって決まっているのはないか、とグリーンウッドは述べる。魔術の要素はほぼ全ての宗教にあり、多くの宗教もまた何らかの形でシャーマン的行為に根を持っているといえる。